江戸時代に生まれた語り物の三味線音楽「義太夫節」で、太夫(たゆう)の語りを支える三味線奏者のこと。
人形浄瑠璃文楽(にんぎょうじょうるりぶんらく)や歌舞伎、女流義太夫(じょりゅうぎだゆう)の舞台で活躍しています。
商工会議所の女性会に入会した際、ご紹介いただいてMTTのことを知りました。「中学生に向けて話をする場がある」と聞いて、ぜひやってみたいと思いました。若い世代の皆さんに「義太夫節(ルビ)」を知っていただく素晴らしいきっかけになると思い、参加を決めました。
――最初の授業はどうでしたか?
時間配分など難しさはありましたが、手応えはありました。 特に、明治時代には横須賀にもたくさんの寄席(よせ)があり、女性が演奏する「女義太夫」がとても盛んだったという歴史をお伝えした時、生徒さんの反応がグッと変わるのを感じました。「伝統芸能は遠いものだと思っていたけれど、横須賀でもそんな歴史があったんだ」という驚きがあったようです。
――生演奏の反応はどうでしたか?
生徒さんたちは義太夫三味線の迫力や音色に純粋に驚いてくれて、その反応に私自身がとても勇気をもらいました。直接生徒さんに伝えることができる素晴らしさ、大切さを強く実感して、MTTを続けていきたいと思いました。
――津賀花さんご自身は、いつ義太夫に出会ったのですか?
24歳の時です。国立劇場でアルバイトをしていて、そこで文楽(ルビ)に出会い、義太夫三味線を聴いて衝撃を受けました。「ビビビッ!」ときた感じです。 子供の頃からピアノを、学生時代には長唄三味線やお琴など、様々な楽器を習ってきましたが、義太夫三味線の音色はそれらとは全く違う迫力があり、「弾いてみたい!」と思ったのがきっかけです。
――横須賀での活動について教えてください。
横須賀に住んで25年ほどになります。横須賀で初めて演奏会を開催した際、かつてこの街で「女義太夫」が一番人気だったことを知り、衝撃を受けました。現在の本町には「高倉亭」という寄席がありましたし、米が浜通りには歌舞伎座もありました。海軍の将校たちの間で、"推し"の娘義太夫が話題になることもあったようです。こうした歴史も、子供たちに伝えていきたいことの一つです。
伝統芸能も職業の選択肢の一つであることを知ってもらいたいです。授業を聞いた人の中から、一人でも目指す人が出てくれたら嬉しいです。
長い歴史の中で培われてきた日本の伝統文化には、日本人の知恵や感性、工夫がたくさん詰まっています。それらは特別な人だけのものではなく、皆さん一人一人が出会い、感じ、受け取ることのできる大切な文化です。ぜひ、自分の中に響いたものを大切にしながら、伝統芸能を次の世代へとつないでいく、その担い手の一人になってもらえたら、と願っています。
授業を通して、生徒さんたちのまっすぐな反応や柔軟な感性から、多くのことを学ばせていただきました。私は普段、義太夫節の芸の世界に身を置き、修行の過程は決して楽しいことばかりではなく、時に苦しいこともあります。しかし生徒さんたちは、義太夫三味線の響きを先入観なく、まっすぐに受け止め、感動してくれました。その姿を見て、私自身が初めて義太夫三味線に出会ったときの新鮮な気持ちを思い出しました。
また、生徒さんたちの反応を通して、義太夫節は決して古いものではなく、今に生きる芸能なのだということを、改めて実感しました。このような大切な気づきを与えてくれるMTTの機会に心より感謝しています。
2025年度(2026年3月10日発行)『たねまる通信10号』に掲載